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1夢追い酒渥美次郎

ウサギ小屋

日本の住宅事情をさす表現。

「日本は西欧人からみればウサギ小屋より少しましな程度の家に住む仕事中毒者たちの国である」

日本とヨーロッパの貿易摩擦から生まれたEC(欧州共同体)委員会の非公式文書『対日経済戦略報告書』の中の言葉である。1979年3月21日にEC事務局がEC委員会にリポートした報告書が外部に漏れ、この一行だけが日本では話題となった。

天中殺

1979年6月に発売された和泉宗章の『天中殺入門 – 算命占星学2』(青春出版社)が大ベストセラーとなり、天中殺ブームが沸き起こった。

1978年4月『算命占星学入門』、 『天中殺入門 – 』(この年)から出た忌わしい言葉。 日本 テレビの「11PM」がとりあげ、「巨人の今年の優勝はない」という占いが当たって、この二冊はあわせて三百万部以上売れた。

競馬の予想のために占いの研究を始め、算命占星学の高尾義政に師事。 1978年4月、青春出版社より『算命占星学入門』を発売し、9月に日本テレビの深夜番組『11PM』で紹介される。翌1979年1月1日に再び『11PM』に出演し、当時のプロ野球読売ジャイアンツの長嶋茂雄監督が日本一になれないと発言し、天中殺占いのブームを起こす。著書『算命占星学入門』は、1979年6月に出した第2弾の『天中殺入門』と合わせて300万部以上を売り上げて、1979年のベストセラーの1位と2位になった。週刊誌や女性週刊誌にも取り上げられて、天中殺は流行語となった。

激○

カメラマン・篠山紀信の造語「激写」が流行り、様々な派生語が見られるようになった。 〈激写〉は消えたが、〈激安〉は残っている。その当時は《激愛〉〈激出(パチンコ)〉なども 使われたといわれる。

1979年3月30日に放送された『NHK特集 山口百恵 激写/篠山紀信』を商品化。

ジャパン·アズ·ナンバーワン

これも死語中の死語か。 米ハーバード大教授のエズラ·ボーゲルがアメリカ人向けに書いた、要するに「日本を見習え」という趣旨の本の題名が、流行語になった。 日本企業の集団主義を肯定して、現状打破のために米国は日本を見習え、と強調する、日 本人にとっては気分のよい本であった。六月一日に邦訳がTBSブリタニカから出て、ベス トセラーになり、一九八〇年代にかけて、日米の著者によるこの種の本が次々に出版された。 〈省エネルック〉 通産省の後押しで作られたという、半袖の背広にネクタイというスタイルで現れたのが大 平正芳首相。一九七三年の流行語〈省ェネ〉の具体化で、六月六日、首相官邸の庭でモデル になった。クーラーを節約しても大丈夫という意味だろう。 一着の上下が二万~四万円で発売されたが、サラリーマンは誰も買わなかった。これだっ たら、サファリルックの方がましだが、会社には着て行けない。 言葉も製品も消えてしまったが、ただひとり、今日に至っても〈省エネルック〉を身につ けている人がいる。羽田 孜 (現·民主党)で、 この人は頑固なのか、義理がたいのか、 ファッ

1979年(昭和54年) 21 ションに興味がないのか、夏になると〈省ェネルック〉で登場する。 〈ウォークマン現象〉 (携帯式ヘッドホンステレオ〉と称する「ウォークマン」がソニーから発売されたのは七 月一日 もの珍しいので、ぼくも一つ買ったが、当時の定価は三万三千円。安いものではない。今 は本棚の片隅で挨をかぶっている。 要するに、再生専用のカセットプレイヤーであり、ヘッドホンで聞く。たちまち流行にな 電車の中でヘッドホンを着けたまま本を読んだりする若者が増えた。他人の耳にはカシ ャカシャときこえる音もふくめて、〈ウォークマン現象〉と呼ばれた。 インベーダー〉 テレビゲーム 〈スペース.インベーダー〉の略称。前年秋に発売されたゲームは、この年、 ピークに達する。 画面で、下降してくる宇宙からの侵略者(インベーダー)の攻撃をかわしながら、ボタン操

22 作で次々に撃ち落す。百円玉がいくらあっても足りないほど面白かった。 観光地のホテルの地下、ゲーム場、喫茶店にまで、シンセサイザー風の電子音が鳴りひび き、この年の夏は二十八万三千八百二台のテレビゲ1ムが六万九千八百七十五軒の店にあっ たという。国産テレビゲーム、最初の大ヒットといえる。 ダサい〉 垢抜けない、野暮ったい、の意味のスラング。 子供、若者の間では、とっくに使われていたといわれるが、大人が使い出したのはこの年。 「だっせえ1!」と変化して、今日でも使われることがあるが、まあ、死語である。 今では、〈ださい〉として国語辞典に入っている。 語源は定かではなく、諸説あるが、〈だってさいたま〉というのが面白い。このころ、深 夜のラジオで、タモリが埼玉差別を連発していた。九州出身のタモリは、民族差別をそうい う形に置きかえていたので、関東出身のタレントであれば、こうした心ない真似はできなか 1111 ったろう。

1979年(昭和54年) 23 うざったい〉 この言葉のニュアンスはすでに耳にしていたが、北原理絵という人の歌ではっきり知った 記憶がある。アメリカのスタンダード.ナンバーに自作の詞をのせてうたった女性だが、ど の歌だったか、調べがつかない。 「うざったいんだよ」の意味は、歌の調子でなんとなくわかった。ひょっとしたら、古い 言葉ではないかと思って、江戸語の辞典をひくと、〈うざったい〉はないが、〈うざっこい〉 というのがあった。〈うるさい〉〈汚らしい〉〈気持が悪い〉を中部地方の方言でいうと、こ うなるらしい。〈うざったい〉も、ほぼ同じで、〈うっとうしい、いらだたしい、しつこい〉 をあらわす。 うざったい〉はこの年、一部の〈期んでる〉女性によって使われ、一九八二年ごろ歌に なり、八五年に一般化した。 カラ出張》 〈ヤミ手当》 九月に鉄建公団の組織ぐるみの不正経理事件が指摘された。行きもしないのに行ったこと

24 になっているのが〈カラ出張〉、夜間·休日勤務をしないのにしたことにして手当をつける のが〈ヤミ手当〉で、明るみに出た。 中央各省庁でも同じことをやっていたのがわかったが、事態は現在も変らない。 きゆうどん 〈牛井戦争〉 ようろうの たき 吉野家と養老乃瀧の牛其をめぐる戦いのこと。 七月に養老乃瀧が吉野家より安い二百円で牛井を売り始めた。吉野家の社長は「養老乃瀧 は七二パーセントが馬肉だ」と宣言し、七月三十一日に養老乃瀧によって告訴された +1二 月、牛肉の質の良さをPRするために、吉野家は三百五十円に値上げを決定した。 ダブルカセット〉 この意味は現在でも通じると思うが、なんと商品名である。 珍しい商品の開発で名高いシャープが、二組のカセットレコーダーを組み込んだラジカセ 「ダブルカセット」を発売した。これはまあ、ダビング用である。一年間で三十万台が売れ たという話だが、値段は九万五千円とお高い。他社がもっと安い類似品を出してから、ぼく

1979年(昭和54年) は買った。 なにしろ、シャープは不思議なモノを作る。今でこそ、なんでもないが、ドラマの画面の 片隅が別の小さな画面になり、野球や二ュースが観られるテレビをかなり早く発売したが すぐに入手できなくなった。よくいえば、時代に早すぎたのか。 25

ここに補足やサブタイトルなど ここにはタイトルや見出しとして表示したいテキストをいれる

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